食と住に深く関わる企業であるクリナップは、現代における“食の大切さや役割”を、皆さまと共に見つめ直すことが大切だと考え、生活研究部門である「おいしい暮らし研究所」が中心となり、聖徳大学さま、武庫川女子大学さまのご協力のもと「キッチンから笑顔をつくる料理アカデミー」を企画、提供してまいりました。
ここでは、多彩な講師の方からいただいた貴重なご講義や実習の内容をお届けします。
<食の科学・加熱>講義編 講師:渋川 祥子(聖徳大学講師) 調理学担当。横浜国立大学名誉教授。「世界一受けたい授業」(日本テレビ)の家庭科の講師として活躍中。 (平成24年3月 講座実施時) |
調理において重要な「加熱」について
調理において、大変重要な操作のひとつである「加熱」。その加熱調理では、必ず「熱源」が必要となります。調理中のどこかで「発熱」があり、その熱が食品に伝わることで加熱された状態になるからです。
今回、加熱について大きくわけて5つのことをお話したいと思います。(講義編①では、下記の1と2について、3以降は4月中に公開予定の講義編②と③でご紹介します)
1.ガスとIHの違い
2.食品にあわせて選ぶ加熱方法
3.オーブンレンジについて
4.直火焼きについて
5.蒸し料理について
現在よく使われている熱源には、ガスコンロとIHヒーターのふたつがあります。まずはそのふたつについてお話したいと思います。
1-1:ガスとIHの違い「発熱」
ガスコンロとIHヒーターの違いについては、さまざまな意見がありました。ガス関係の企業の方は「長く使われているガスが一番」といい、電気関係の企業の方は「これからの時代はIHだ」と話すため、多くの方が判断に迷われていました。そこで、ガスコンロとIHヒーターには本当に差があるのか、差があるとしたら、それはどのように使ったらなくなるのかを研究しよう、ということで、多数の研究室の方々が集まりました。研究を行ったのはメーカーなどに属さない「加熱調理研究委員会」の方々ですので、中立的な立場で結果がまとめられています。「加熱調理研究委員会」とは、40年以上続く「一般社団法人日本調理科学会」内の研究部門です。研究では、ガスコンロ、IHヒーターともに1種類ずつでは特徴がはっきりしないので、さまざまな種類のものを使いました。その研究によってわかったそれぞれの特徴を、詳しくご紹介します。
1-2:ガスとIHの違い「ガスの発熱」
まずは、発熱についての違いです。
ガスコンロは、供給されるガスが燃えることで発熱します。その熱を、コンロの上の鍋やフライパンなどが受けるという仕組みです。ガスが燃焼すると排ガスが生じるのも、コンロだけの特徴です。発熱時に発生する炎の温度は非常に高く、一番高いところで1000℃〜1300℃くらいあるといわれています。炎が大きければ、その分大きなエネルギー、熱量を与えることができます。
1-3:ガスとIHの違い「IHの発熱」
IHヒーターはといいますと、こちらは電気を使って発熱をします。IHヒーターは昭和30年代頃から売り出されていたのですが、その当時はサイズも大きく値段も高かったため、全く普及しませんでした。その後技術開発が進み、現在のように復旧するようになりましたが、最初に売り出されたときは「電磁調理器」という名前がつけられていました。その名前の通り、仕組みとしてはまずトッププレートがあり、その下にドーナツ型の磁力発生コイルというものがあります。そのコイルに電流が流れると磁力線がでて、プレートの上に乗せた鍋などに熱が伝わり、その鍋が発熱するのです。
1-4:ガスとIHの違い「IHで使えない調理器具があるのはなぜ?」
ガスコンロは、ガスが燃えたところが発熱し、鍋などがその熱を受けて中の食品に熱を伝えます。それに対して、IHヒーターは、コイルが直接発熱するわけではなく磁力線が出るだけです。その磁力線が鍋の底に当たると鍋の底で電流の渦ができ、その影響で鍋自体が発熱するという仕組みです。
IHヒーターの場合は、使用する調理器具が発熱素材でつくられている必要があるため、注意が必要です。とはいっても、最近ではIH対応のものも増えてきています。たとえば、アルミニウムでつくられた調理器具はIHヒーターでは発熱しないため、アルミニウムにフッ素樹脂をコーティングしたテフロン加工といわれるものは、IHヒーターでは使えません。ですが、アルミニウムの中に鉄の板やステンレスを埋め込むことで、発熱するようになります。そのように工夫されたものが、IH対応といわれています。
このように、調理器具によって使えるものと使えないものがあるというのが、IHヒーターの特徴のひとつとしてあげられます。ですが、IHヒーターは電気を利用して発熱させるので排気ガスが出ずとてもクリーンです。また、トッププレートが平らなのですーっと拭けて掃除がしやすいというのも大きな特徴だと思います。
1-5:ガスとIHの違い「加熱時間」
IHヒーターが導入されたとき、「どうもIHは遅くて……」という話をよく聞きました。日本の普通の家庭の電圧が100Vだったため、それだと少し出力が足りないということが研究の結果でわかりました。一定量のお湯を一定のお鍋で沸かしたときのお湯の上昇速度を測定したところ、ガスコンロとIHヒーターでは差がありました。ガスコンロでは、主に弱火・中火・強火の3段階で火力をコントロールしますが、この「強火」と同じくらいの速度でIHヒーターでお湯を沸かそうとすると、100Vの電圧では足りません。200Vの電圧で「強火」と同じくらいだといわれています。100Vの電圧では、電力でいうと1200Wほどしか使えず、それをガスコンロに置き換えると中火程度になります。IHヒーターで強火と同じように出力するには、2000Wくらいは必要で、200Vの電圧が必要だということになります。
1-6:ガスとIHの違い「厚みのある鍋底で違いを測定」
「ガスとIHでは、どうも同じように仕上がらない」というコックさんもいらっしゃいますが、それは鍋底の温度分布が違うからだといえます。サーモビューアーという赤外線を利用して、鍋底の温度の分布を調べました。サーモビューアーは、温度の変化を色分けして可視化してくれるもので、温度が高いと赤くなり温度が低い部分は青くなります。
まず3mmほどの非常に厚いフライパンで比較してみると、ガスコンロでは若干ですが鍋底の色に均一性がありました。IHヒーターの方は、少しドーナツ型に赤くなりました。なぜかというと、IHヒーターは磁気発生コイルがドーナツ型になっていて、そこから磁力線が出てその上で発熱が起きるため、磁力線の上以外のところは温度があがりにくいという性質があるからです。それに比べてガスコンロは、炎が広がるので広い範囲で温度が上がります。ただ、炎のあたるところとあたらないところで温度の差はでてきます。
1-7:ガスとIHの違い「薄いフライパンで違いを測定」
次に、薄いフライパンを使って比較してみました。
IHヒーターでホットケーキなどを焼くとドーナツ型に焦げがつきましたが、ガスコンロでは比較的そのような焦げができにくいといえます。IHヒーターでそれを防ぐには、フライパンを少しずつ横にずらしながら焼くのがいいと思います。というのも、一般的なIHヒーターは、フライパンを熱源から離すと電源が切れ加熱が中断されます。なので、熱源にフライパンをつけたまま横に動かすということが必要となります。現在は、熱源から離しても大丈夫なIHヒーターも開発されていますが、そうでないものは鍋振りができません。鍋を振った途端に、加熱が中断されてしまいます。また、薄い鍋でシチューのような粘り気のあるものを加熱したときの焦げつき方を見てみたところ、やはり、よくいわれるようにIHヒーターは局所的に発熱するため、焦げつきが起こりやすいことがわかりました。
1-8:ガスとIHの違い「IHだと煮崩れが起こりやすい?」
IHヒーターで煮物をつくると煮崩れが起こりやすいという方も多かったので、その実験もやってみました。ジャガイモを加熱して、どれくらい煮崩れするのかを見てみたのですが、ジャガイモの種類によって傾向は異なり、「IHの方が煮崩れが起こる」とはいえませんでした。ただ全体的にみると、IHヒーターの方が煮崩れしているものが多かったですね。IHヒーターは、鍋底に温度のムラが生じますので、中でボコボコと対流が起こりやすく、そのため少し煮崩れが起こりやすいという傾向があるといえるかと思います。
1-9:ガスとIHの違い「熱電導率の違い」
鍋の温度に関する大きな特徴としては、側面の温度についてもあげられます。鍋底の実験でも使ったサーモビューアーで見てみると、ガスコンロでは、鍋を火にかけると側面の温度もあがりました。ですが、IHヒーターで加熱したときには、鍋の底の一番下が熱くなっても側面は熱くなりませんでした。長い時間加熱していれば、鍋は金属ですので、熱が伝わってだんだん側面の温度もあがりますが、それでも時間はかかります。つまり、IHヒーターを使って加熱するときは、時間があまり長くなければ取っ手が熱くならず、素手でつかんでも大丈夫だということになります。それに比べてガスコンロの場合は、側面が熱くなるため取っ手も熱くなります。
このように、側面への熱の伝わり方が違うと、電源を切ってからの余熱に差がでます。余熱を利用して煮込みをつくろう、というときの冷め方が違うということになります。
IHヒーターの場合、銅やアルミの鍋が使えなかったため、それまで使っていた鍋を捨てなくちゃいけない、ということがありました。そこで、銅やアルミの鍋でも使えるようにするため、技術革新が進み、オールメタルIHというものが開発されました。ただ、オールメタルIH対応のアルミや銅の鍋を使うと、加熱に時間がかかることがわかりました。それは、通常のIHヒーターに比べ、コイルが工夫されているからです。IHヒーターを使うなら、鉄が貼ってあったり埋め込んであったりするようなIH対応の鍋を使っていただくのがよいかと思います。
1-10:ガスとIHの違い「熱効率の違いと使いやすさ」
最後に、熱効率についてご説明します。供給されたエネルギーがどのくらい調理の熱に使われるかということですが、これはIHヒーターの方がだいぶ高いです。測定の仕方にもよりますが、だいたい90%近くの電気エネルギーがほとんど熱になって使えるため、大変エコだといえます。一方、ガスについては測定方法次第ではありますが、熱効率は大体50%前後です。このような結果になりましたが、この点に関してはさまざまな議論があります。電気を使うIHヒーターでは、もともと電気をつくるためのエネルギーロスがあるとか、送電線を通る間に生じるロスがあるといわれることもあり、技術的なことを含む問題なので、ここでは数値のみの結果としてお伝えします。
ガスコンロとIHヒーターの違いを見てきましたが、どちらもとても便利なものであることに違いありません。もともとIHヒーターには温度制御機能やタイマーもついていましたが、現在ではガスコンロでも安全装置や温度センサーなどの安全対策がとられています。これは、昔わたしたちが調理に使った熱源に比べれば、本当に雲泥の差の便利さです。ですから、これらを使って、ぜひ上手にお料理をしていただきたいですね。
2-1:食品にあわせて選ぶ加熱方法「炭水化物の特徴」
食品の加熱方法にはさまざまな方法がありますが、食品成分との関連を見ながらお話をさせていただきたいと思います。今回は、炭水化物、タンパク質、脂質の代表的な3つの成分についてご説明します。
まず、炭水化物ですが、これはわたしたちのエネルギー源として必ず摂らなければいけない成分です。炭水化物である穀類や芋類の中には、デンプンが含まれています。デンプンは、生で食べると消化が非常に悪く、あまりおいしいと感じませんが、加熱するとおいしくなります。この典型的な例が片栗粉です。片栗粉はジャガイモのデンプンで、お砂糖を混ぜて水で溶かして飲んでもあまりおいしくはありません。水で溶かすとサラサラした白い液になりますが、これを加熱するとドロッとした葛湯(くずゆ)になります。そうすると、香りやトロミが出るのでおいしくなります。このように、生のデンプンを煮ることを糊化(こか)といいます。デンプンを含んでいる食品では、デンプンを糊化させて食べるということに非常に大きな意味があります。糊化させると消化吸収がよくなるので栄養面でもいいですし、味の面でもおいしく感じられるようになります。
2-2:食品にあわせて選ぶ加熱方法「炭水化物の加熱温度と方法」
片栗粉は、ジャガイモの中に含まれているデンプンだけを取り出したものなので、熱湯をかければすぐに糊化します。温度でいうと、65℃くらいです。しかし、お米の中のデンプンは65℃では糊化しません。なぜかというと、お米の場合は細胞の中にデンプンが入っているので、もう少し高い温度が必要となるからです。デンプンを含んでいるものは、大体100℃近くまで加熱する必要があります。特にごはんは、昔から98℃で20分といわれていて、おいしいごはんにするためにはそのくらいの温度が必要だということになります。それゆえ、あまり熱が逃げないような形で長時間加熱ができる方法を選ぼうとすると、「蒸す」「煮る」「茹でる」といった方法になります。
お米やお芋といった炭水化物は熱を加えるとやわらかくなりますが、これはデンプンが糊化しているからだけではありません。同じ炭水化物の仲間で、食物繊維と呼ばれるセルロースやヘミセルロース、ペクチン質という成分が加熱によってやわらかくなるから、ということも理由のひとつです。
2-3:食品にあわせて選ぶ加熱方法「タンパク質の特徴」
食材の成分として代表的なものの2つめに、タンパク質があります。魚や肉、卵、大豆などの主成分がタンパク質です。卵や魚、肉は生で食べることもありますし、加熱して食べることもあります。生のときと加熱したときとでは、栄養的な価値は変わるのでしょうか。
たとえば、先ほどの炭水化物でもお話した「お米」は、生と加熱後では全然違います。生米の状態だと、中のデンプンが10何%程度しかエネルギーになりません。ですが、魚は生でも煮ても焼いても、栄養的にはほとんど変わりません。それぞれの場合で消化する速度は変わりますが、栄養的には変わりません。ただ、衛生的な面を考えると、加熱した方が安心ですね。
以前、ユッケが問題になったことがありましたが、あれは加熱操作をせずに肉を生で食べたから中毒が起きたということです。
2-4:食品にあわせて選ぶ加熱方法「タンパク質の加熱温度」
タンパク質の場合は、加熱温度によって固さが変わります。典型的なものは、卵です。半熟卵はトロッとやわらかいし、固ゆで卵はしっかり茹でると弾力がでて黄身はよく固まって白くなり、ポロポロしてきますね。ゆで卵の場合は、最終温度によって違いがでます。卵には、いろいろなタンパク質が入っているので一概に何℃とはいえないのですが、60℃くらいから少し変性を始めるタンパク質があります。だいたい65℃くらいになると白身が白っぽく濁り始め、それからだんだん白くなり、完全に固ゆで卵といわれる状態になるのは80℃くらいです。それくらいの温度にならないと、固くなりません。
お肉についても同じです。中が何℃になるまで加熱をするかということで固さが決まります。レアは55℃くらいまでしか焼かないので、血が滴る感じで、やわらかい。逆に固いものがお好みの方はウェルダンということになりますね。
このように、タンパク質の場合は、最終的に何℃まで加熱するのかということが大切なことなのです。
2-5:食品にあわせて選ぶ加熱方法「脂質」
3つめは、脂質です。脂質は、加熱をしたから消化がよくなるとか、栄養価が高くなるということはありませんし、味が大変よくなるということもそんなにはありません。ただ、加熱をすると酸化が起きるので、あまり長く加熱をすると健康面で少し問題がでてきてしまいます。
脂は、溶けているのか固まっているのかということによって、わたしたちのおいしさの感じ方が非常に異なります。また、同じように脂が溶けていても、どのような形で食品の中に含まれているか、どのように加工されているかということによって違うんです。
この典型的な例が、ピーナッツです。炒ったピーナッツをそのまま食べると、そんなに脂っぽくないですよね。ピーナッツは、細胞の中に小さな油滴として脂が入っていて、これをよく潰していくとピーナッツバターになるのですが、ピーナッツバターは舐めると脂っぽいんです。そのように感じるのは、脂の存在の仕方が変わったからなんです。
バターとマヨネーズも同じです。「バターは脂だからダイエットのために、食べない」という方も多いのに、マヨネーズは平気で食べている方が結構います。実際、このふたつの脂の量はそんなに変わらないんですね。ですが、バターを舐めたときとマヨネーズを舐めたときとでは随分違う。これは、バターは脂がつながっていてい水分が粒になっているのに対し、マヨネーズは脂が粒になっていて、それを水分がつないでいるからなんです。脂が粒になっているか、つながっているかによって、わたしたちの感じ方が変わるということです。
脂を加熱して溶けた状態にするのか、冷やして固まった状態にするのかということによって、同じ脂の含有量でもおいしさが変わります。味に大きな影響はありませんが、そういうことを考えてどの程度加熱するのか、ということが決まります。
このように、いろいろな目的のために加熱という操作が行われています。ただ加熱すればいいというわけではなく、食材によって煮方や焼き方などを工夫し、適当な温度になるように加熱すると、よりおいしく食べられるということなんですね。
次回は、オーブンレンジの加熱についてご紹介します。
『食の科学「加熱」-講義編②オーブンレンジの有効活用』を読む>>
この記事は、平成24年に開講されたクリナップ寄付講座「キッチンから笑顔をつくる料理アカデミー」の内容をまとめたものです。
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