食と住に深く関わる企業であるクリナップは、現代における“食の大切さや役割”を、皆さまと共に見つめ直すことが大切だと考え、生活研究部門である「おいしい暮らし研究所」が中心となり、聖徳大学さま、武庫川女子大学さまのご協力のもと「キッチンから笑顔をつくる料理アカデミー」を企画、提供してまいりました。
ここでは、多彩な講師の方からいただいた貴重なご講義や実習の内容をお届けします。
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<食の科学・発酵>講義編① 講師:松井 徳光(武庫川女子大学教授) 農学博士。日本テレビ系列「世界一受けたい授業」に出演。 専攻は食品微生物学。特に、きのこの発酵能を用いた機能性食品の開発では世界の第一人者。 (平成25年10月 講座実施時) |
微生物がつくる発酵食品
清酒、ビール、ワイン、味噌、醤油、納豆、チーズ、ヨーグルト、食酢、鰹節、甘酒、漬物などは、微生物の働きによってつくられる発酵食品です。
微生物の種類は形や性質などによってさまざまで、細菌、放線菌、酵母、カビやきのこも微生物の一種です。私たちが見ているきのこは子実体といって、複数の菌糸が集まり大きく変形したものなのです。菌糸の一つひとつは、本当は目に見えないものなのです。
悪い微生物と良い微生物
この地球上には悪い微生物と良い微生物がいます。悪い微生物というのは、よく悪玉菌といわれますが、人に害を及ぼす微生物のことです。バイ菌ともいいます。病気や食中毒を起こしたり、腐敗を起こしたりします。たとえば、コレラという病気はコレラ菌が原因になっています。また、腸炎ビブリオやサルモネラといったものは食中毒を引き起こします。“食べ物が腐る”ということは、その食べ物に微生物がくっついて分解し、私たちが食べられないような状態にしてしまう現象のことです。
それに対して良い微生物、善玉菌などといわれますが、これは私たちにとって有益な働きをします。先ほど紹介した発酵食品は、良い微生物がつくってくれるものです。また、ペニシリンやストレプトマイシンのような抗生物質、あるいはコルチゾンのようなホルモンも、微生物によってつくられています。さらに、グルタミン酸ナトリウムなどのアミノ酸、イノシン酸やグアニル酸などの核酸といった食品添加物も、いまは微生物で大量につくられています。
身近にある微生物を活用したモノ
工場排水や生活排水は、そのまま流すと海や川が汚れてしまいます。私が小学生のときはヘドロ問題などの公害問題がありましたが、いまは国が率先してそういうことを禁止し、微生物で分解してきれいになった状態で流すようになりました。微生物が環境浄化に寄与しているわけです。
そのほか、エビオスというビール酵母を固めたものは、酵母の中に必須アミノ酸やビタミンが多く含まれているため、昔から栄養剤として使われてきました。飼料に含まれるクロレラや酵母にも必須アミノ酸がたくさんあるため、豚や牛の餌として与えられています。ビオフェルミンなどの整腸剤は、乳酸菌を固めたものです。積極的に乳酸菌を摂ることによって整腸作用を促しています。日本で代表的な整腸剤のもうひとつは正露丸です。正露丸は、どちらかというと痛いときに飲んで痛みを麻痺させ、その間に自己治癒力で徐々に治していくものです。
洗濯洗剤も、微生物が関係しています。私が学生の頃は、洗濯洗剤の箱はとても大きく、一度に使う洗剤の量は紙コップ1杯〜2杯ほどでした。ところが、突然コンパクトになり、使用量も少なくなりました。なぜか? 答えは酵素パワーです。微生物によってアミラーゼ、リパーゼ、プロテアーゼ、セルラーゼといった酵素が大量に安くつくられるようになりました。
たとえば、あんこなどの汚れは糖質ですので、アミラーゼで分解できます。油汚れはリパーゼで、卵みたいなタンパク質はプロテアーゼで分解できます。これらで分解できなくても私たちの服は大体繊維でできていますから、セルラーゼで繊維を軽く分解すると、汚れがついているところも一緒に浮き上がり、汚れが落とせるようになります。
発酵食品に話を戻すと、ヨーグルトは乳酸菌とビフィズス菌を含みます。糸引き納豆は納豆菌、ぬかみそ漬などの漬物は乳酸菌や酵母、味噌は麹カビ、乳酸菌、酵母、それから清酒は麹カビと酵母、甘酒は麹カビ、食酢は麹カビと酵母と酢酸菌、このような微生物が関与してつくられています。塩麹は、麹カビで発酵させたものです。
発酵食品①【ヨーグルト】—乳酸菌とビフィズス菌の働き
代表的な発酵食品の良い点を、個々に紹介したいと思います。まずはヨーグルト。ヨーグルトが身体に良いということは、ご存知だと思います。ヨーグルトは、普通牛乳に乳酸菌を入れて乳酸発酵させます。牛乳の中には乳糖という糖があり、これを乳酸菌が乳酸という酸性物質に変えます。急に酸性になりますから、牛乳の中にあるカゼインというタンパク質が酸変性をして固まるとともに、乳酸菌も増殖していきます。
ヨーグルトに含まれる乳酸菌とビフィズス菌は、お腹の運動を高めてお通じを促します。ヨーグルトの中の乳酸菌は生きた状態で食べられており、腸に届くと蠕動(ぜんどう)運動が盛んになって便が出やすくなります。便はためておくと大腸ガンなどの病気を引き起こします。私たちの腸の中には良い菌もいれば悪い菌もいます。乳酸菌やビフィズス菌が多くなれば、その分だけ悪い菌の割合が少なくなります。悪い菌は、アンモニアやインドール化合物など、ガンを引き起こしたり、老化を促進したりする物質をつくるのですが、その菌の数が減ることで有害物質を抑えられ、腸内腐敗を防止することができます。
乳酸菌やビフィズス菌は、病原菌の腸内感染を防ぐのにも役立ちます。たとえばコレラ菌がついている海草を食べたとしましょう。ところが乳酸菌やビフィズス菌がいっぱいいると、そのコレラ菌は腸の中で 増えることができません。そのうち便として出てしまいます。反対に、乳酸菌やビフィズ ス菌が少ないと、コレラ菌が増えていくチャンスを与えてしまうわけです。
また、体の免疫能力を高める効果もあります。乳酸菌やビフィズス菌は良い菌ですが、私たちの体の中に入ると、「何か微生物が来たぞ」と免疫細胞がウォーミングアップをします。攻撃はしませんが、すぐにでも対処できるような状態になります。そのような状態のときに何か病原菌が来るとすぐにやっつけられるわけです。もし乳酸菌やビフィズス菌が体内にあまりいなかったとすれば、免疫細胞がウォーミングアップをしていないのですぐには攻撃できません。悪い菌が増殖し、かなり増えた段階でようやく攻撃するので、その間に病的症状が起こってしまいます。
常に病気になりにくい状態にしたいならば、ヨーグルトは必須です。このような生きた乳酸菌などを摂ることによって健康を維持するという考え方を、“プロバイオティクス”といいます。酵母も、納豆をつくっている納豆菌もプロバイオティクスの微生物といえます。
発酵食品②【納豆】—成人病予防、骨の強化、血栓症予防
煮た大豆に納豆菌をつけて発酵させると、大豆のタンパク質が分解され、いわゆるネバネバ成分のある糸引き納豆ができます。とても簡単につくれるので、学生実験で納豆をつくらせても100%失敗しません。納豆の効用ですが、“成人病予防に納豆”とよくいわれます。大豆の中にはイソフラボン、サポニン、レシチンなどの有効成分が含まれています。納豆にはガン、脳卒中、それから心臓病、糖尿病などの成人病を引き起こす原因となる活性酸素の働きを除去する成分があります。そのため、“成人病予防に納豆”といわれるのです。
また“骨の強化に納豆”ともいわれます。納豆にはビタミンK、ビタミンK2が多く含まれ、骨をつくる働きを促進させ、壊す働きを抑制します。骨をつくる主原料はカルシウムですが、カルシウムを摂ったからといって、すぐにそれが骨化するわけではありません。骨化するときに、それを手伝ってくれるのがビタミンKなのです。ですから、牛乳と納豆を一緒に摂取すると骨がつくられやすくなるわけです。
ほかにも、納豆は血栓症予防にも効果があります。納豆にはいま話題のナットウキナーゼという血栓を溶解する酵素があります。私たちの血液の中にはフィブリノゲンという水溶性の物質やトロンビンという酵素があり、このトロンビンがフィブリノゲンの一部を切ります。すると、フィブリンという不溶性の物質ができます。これが血栓の主成分です。固まりですので、それが血管の中にだんだんできてくると血液が流れにくくなります。脳の方で起こると脳梗塞、心臓の方で起こると心筋梗塞を引き起こします。その血栓を溶かす力が、ナットウキナーゼにあるわけです。
発酵食品③【漬物】—現在の形になるまで
漬物の原点は、海水漬といわれています。仮説としていわれているのが、波打ち際に打ち上げられた野菜が潮まみれになっていた、という説です。昔の人はとにかくお腹を空かしていたので、打ち上げられた野菜をなんだろうと思いながらも食べてみたら食べられた。少ししょっぱいけれど、このように塩に漬けておくと長持ちするんだということを人類は発見するわけです。そして塩漬けが始まり、これが漬物の原点といわれています。
塩に漬けることによって、浸透圧の影響で硬い野菜でも細胞が分解されてやわらかくなります。さらに、塩には静菌作用があるため多くの微生物を繁殖しにくくします。耐塩性の乳酸菌は塩漬けにしても生育できるので、乳酸発酵して酸味のある漬物をつくります。そこから、現在の漬物ができあがっているのです。
【漬物】—その種類と効用
現在つくられている漬物は、種類も豊富です。薄塩漬けの代表選手は高菜漬けです。調味料を加えた薄塩漬けとしては、こうじ漬けがあります。また、一度塩漬けしたものに調味料や香辛料を加えたものとしてしょうゆ漬け、福神漬け、粕漬け、奈良漬けがあります。乳酸発酵させたものがらっきょう漬け、ザワークラフト、ピクルスなどです。酸味のある漬物で発酵させないものが、梅干しです。梅干しは発酵させない漬物です。そのほかにぬかを用いたものとして、たくあん漬けやぬかみそ漬けがあります。
漬物の中で特に効用があるものは、ぬかみそ漬けです。野菜は食物繊維やビタミンが豊富です。ビタミンが豊富というと、調理してもビタミンを100%摂取できると思っている人が多いのですが、ビタミンは熱を加えると多くは分解します。熱を加えずに食べられるものはそのままビタミンが摂れるので、漬物はビタミンを失うことがないわけです。また、微生物の発酵によって多種多様なビタミンが蓄積されています。
ぬか床(米ぬか)では、乳酸菌が野菜を発酵させています。米ぬかにはビタミンB1がたくさん含まれていますが、乳酸菌が発酵している間に、いろいろなビタミンをつくります。その中に野菜を漬けることで、野菜にそのビタミンがしみ込むので、最初の漬けていない状態の野菜よりビタミンの種類や量が多くなるのです。たとえばキュウリを漬けた場合、ビタミンC、ビタミンK、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ナイアシン、パントテン酸といったビタミンが、生のキュウリと比べて非常に多く含まれます。そのほかにも、野菜が持っているカルシウムやカリウム、鉄やミネラルも豊富です。ですから、漬物ごときがと思うかもしれませんが、結構漬物は健康にいいんですよ。
発酵食品④【味噌】—醤油の副産物として誕生
味噌はもともと醤油の原形のようなものです。昔、中国から醤(ヒシオ)というものが入ってきました。醤には、魚醤(ギョショウ)、穀醢(コクビシオ)、肉醤(シシビシオ)というものがあり、日本人はなぜか穀醢を好みました。米や大豆を煮てそのまま放置しておくと、空気中の麹カビや乳酸菌、酵母が付着して発酵を始めます。少し湿らした状態にしておくので液体が浮き出てきて、その液体を集め食べ物につけると非常においしい。これが醤の最初のものです。
ところが、普通だったら液体しか食べないものを、日本人は残った固まりも食べたんですね。すると、この固まりもなかなかおいしいということで、まだ醤油になっていないということから未醤(ミショウ)といいました。平安時代に書かれた延喜式の中にも「酢がいくら、塩がいくら、そして未醤をいくら加えて……」というようなことが書かれています。平安時代にはすでに味噌が使われていたわけです。この“みしょう”という言葉が訛って“みそ”になったという説がありますが、この考えに反対する声も多く、これは食文化の謎のひとつです。
【味噌】—広めたのは、あの戦国武将だった
味噌はお米にこうじかびを生やし、そのこうじかびが出すアミラーゼの力でお米のデンプンを小さな糖にします。これを糖化といいます。さらにアミラーゼは、大豆のタンパク質を分解します。そのあと乳酸菌で乳酸を発酵させ酵母でアルコール発酵させることで、みなさんがご存知の味噌の風味が生まれてくるわけです。未醤といわれたのは平安時代ですが、その当時味噌を食べていたのは貴族や天皇などの朝廷です。鎌倉時代になり武士の時代になると、武士が味噌を食べるようになります。鎌倉時代には味噌をすり鉢で擦って、味噌汁をつくるという習慣が普及します。そして、ご飯と味噌汁とおかずという日本食の典型的なスタイルが生まれます。その後室町時代、戦国時代になるのですが、当時の戦国武将の常識では農民は使い捨てでしたので、このときはまだ農民は味噌を食べていません。
そんな中、“農民は国の宝である”という考え方をした人がいました。武田信玄です。なぜかというと、農民が元気だったら野菜やお米をつくってくれるし、戦いのときには農民に兵士として働いてもらいたかったからです。武田信玄は、騎馬軍団を指揮する戦上手で、また人徳者だったので周りから尊敬されていました。その彼が味噌づくりを奨励し、つくった味噌を買い取ってくれるということで、農民の間にも広まっていきました。そして、やがてほかの地方の戦国大名も武田信玄にならい、農民に味噌づくりを教えるようになりました。
このようにして味噌づくりが広がるのですが、当時はいまのようにレシピがありません。そのため、味噌の多くは米味噌ですが、米の代わりに麦を使ったり、米を使わないで豆だけでつくったり、塩と麹の割合が1対3のところもあれば3対1のところもあり、同じ味噌といっても千差万別でした。このような背景があり、日本各地で特徴のあるいろいろな種類の味噌がつくられるようになりました。
【味噌】—その効用と、世界での注目度
味噌は大豆が主原料ですので、サポニン、イソフラボン、レシチンといった大豆由来の有効成分があります。味噌だけでなく、大豆でできている豆腐、豆乳、納豆、すべてに入っています。サポニンは、過酸化脂質の生成防止や血中コレステロールなどの低下、動脈硬化の防止に有効です。イソフラボンは、エストロゲン(女性ホルモン)への作用がありますので、更年期障害でお悩みの方に大豆はおすすめです。また、抗酸化作用、骨粗鬆症の予防にも有効です。
現在ある味噌は、日本の食文化がつくり上げたものです。ところが、日本人の味噌の平均購入量は激減しています。私が小学低学年くらいまでは、朝食でも夕食でも味噌汁が出ました。ところがいまは、朝食はパンが多いので味噌汁は出ません。夕食も味噌汁が出ることは少ないようです。そのようなことから、日本の味噌の購入量が減っているのです。対して輸出量は急増しています。これは、アメリカでの消費量増加が原因です。
アメリカの保険制度は日本のように充実していないため、病気になったら医療費を全額自分で払わなければならず、とても高くなります。そのため体調が悪くなっても我慢し、そのうち悪化してしまいます。アメリカ政府は何とか国民を守らなければいけないということで、「世界的に健康に良い食品とは一体何だろう」という調査をしました。すると、日本の昭和40年代前半までの食事が素晴らしく、またヘルシーだということがわかりました。
その頃の日本人は、何をよく食べていたかわかりますか? 豆腐、納豆、味噌、醤油など大豆由来のものが多かったのです。ところが、当時のアメリカは「大豆は人間様が食べるものではない。あれは家畜の餌である」と考えていたため大豆を食べませんでした。でも、病気になり、健康になりたいと思った人が食べ物から意識し、日本食が紹介されるようになりました。大豆からつくられているのを知りながらも一度食べてみたら意外とおいしく、また、お医者さんに行くと体調が良くなっていることもわかり、さらに口コミで広がり味噌を食べる人が増えました。
ヨーロッパでも日本人贔屓のドイツが、アメリカでそういう結果が出たならドイツでも……と食べ始めたことにより、ヨーロッパにもどんどん輸出されました。その結果、味噌の輸出量が急増したわけです。ですが、せっかく日本がつくった素晴らしい味噌を、日本人が食べなくなったのは少し問題だと思います。
次回は、お酒の効能と酢との関係について。それから塩麹とそのつくり方をご紹介します。
[つづく]
『食の科学「発酵」-講義編②カラダにいい調味料〜「発酵食品の不思議な世界」〜』を読む
この記事は、平成25年に開講されたクリナップ寄付講座「キッチンから笑顔をつくる料理アカデミー」の内容をまとめたものです。