食と住に深く関わる企業であるクリナップは、現代における“食の大切さや役割”を、皆さまと共に見つめ直すことが大切だと考え、生活研究部門である「おいしい暮らし研究所」が中心となり、聖徳大学さま、武庫川女子大学さまのご協力のもと「キッチンから笑顔をつくる料理アカデミー」を企画、提供してまいりました。
ここでは、多彩な講師の方からいただいた貴重なご講義や実習の内容をお届けします。
講義編①「ガス・IHの加熱と食品別の加熱方法」では、ガスとIHの違いや、食品ごとの効果的な加熱方法を、講義編②「オーブンレンジの有効活用」では、オーブンレンジの活用方法をご紹介していますので、まだご覧になっていない方はぜひそちらも合わせてお読みください。
|
<食の科学・加熱>講義編 講師:渋川 祥子(聖徳大学講師) 調理学担当。横浜国立大学名誉教授。「世界一受けたい授業」(日本テレビ)の家庭科の講師として活躍中。 (平成24年3月 講座実施時) |
調理において重要な「加熱」について
調理において、大変重要な操作のひとつである「加熱」について、講義編①では、下記の1と2を、講義編②では、3についてご紹介をしました。
最後となる講義編③では、4と5についてのお話をしたいと思います。
1.ガスとIHの違い
2.食品にあわせて選ぶ加熱方法
3.オーブンレンジについて
4.直火焼きについて
5.蒸し料理について
4-1:直火焼きについて「きれいな焦げ目をつけるには」
オーブンではなぜ表面が焦げるかを、講義編②でご説明しましたが、“輻射で熱を伝える”というのは、まさに“直火焼き”のことなんです。たとえば、わたしたちが魚を焼くときは、熱源に魚をかざして焼きますね。昔から、「魚を焼くなら強火の遠火」といわれています。強火であまり近づけすぎると焦げてしまうので、遠火にして輻射の熱で焼くと上手に焼けますよ、ということです。
いろいろな実験をやってみると、確かに輻射の熱は表面を上手に焦がします。その中でも特に、遠赤外線がたくさん出るような熱源からの輻射熱は、食品の表面を非常に効率良く加熱して、きれいな焦げ目をつくる性質があることがわかっています。
4-2:直火焼きについて「遠赤外線が直火焼きにいい理由」
遠赤外線について、少しご説明します。わたしたちに見えている波長は、だいたい400〜780nm(ナノメートル)だといわれています。色として見えているのですが、見える色は虹色になっていて、一番長い波長が赤です。赤よりも長い波長は目では見えないため、赤外線と呼ばれています。その赤外線の中で一番赤に近いところを近赤外線といい、そこから離れているところを遠赤外線と呼んでいます。
遠赤外線については、「遠赤外線で焼くと中から加熱される」と言う人が多いのですが、それは間違いです。電子レンジだと、だいたい波長が1.3cmくらいで、このくらいの波長だと食物の中に浸透していきます。ここから誤解が生じて、マイクロ波が食材の中に入るから遠赤外線もそうだろうというふうに考えられたのではないかと思います。
ですが、実際に実験をしてみるとそうではありません。遠赤外線は表面で効率よく熱に変わり、非常に薄いところを加熱する性質があります。たくさんの熱が表面に伝わることで中にも比較的早く熱が入ります。焼く時間は短くてもきれいに焼き色がついて効率がいいですね。ですから、遠赤外線ヒーターをつけたオーブントースターや魚焼き網などは効果があります。ただしこれは、輻射として熱を使う場合に限ります。
たとえば、フライパンの表面を遠赤外線に加工し、そこにお肉をピタッと乗せたとします。それはもう輻射で熱を伝えているわけではなく、接触したところから伝わっていく伝導伝熱なんですね。ですから、直火焼きのように少し離して加熱をするときにこそ、遠赤外線が効果的だということです。
4-3:直火焼きについて「炭焼きをご自宅で……」
「焼き鳥は炭焼きに限る」などともいわれ、そのおいしさはみなさんもよくご存知かと思いますが、実際に家庭で炭をおこして焼くというのは大変なことですよね。そこで、違う方法で炭で焼いたような効果が出せるかということを調べるために、実験を行いました。
炭焼きのときに食材が受ける熱の量と同じになるように、ガスコンロやIHヒーターで熱量を調整しながら焼きました。炭で焼く場合、80%くらいが輻射熱なので、ご家庭ではガスコンロの上に黒い焼き網を置いて焼けば、炭焼きと同じような状態になります。それで80%くらいを輻射にすると焼き色も同じようにつきますし、それから表面のパリパリ感も同じようになりますし、中のジューシーさも同じようにできます。そのため、炭を使わないでいいんじゃないという結論になりそうなところだったんです。
4-4:直火焼きについて「炭焼きにしか出せない匂い」
ところが、どうも匂いが違うということになったのです。数値を測って比べたところ、魚焼網や電気ヒーターで焼いたものはほとんど同じであるのに、炭を使った場合だと違う結果になったのです。その結果から、炭火の匂いが違うということがわかりました。目隠しをして匂いを嗅いで識別するという官能検査というものがあるのですが、その方法で検査をしても、やっぱり炭火の匂いは違うという結果になったのです。
匂いのプロと共同で解析をしたところ、炭で焼いたものは、焙焼香といわれる香ばしい香りを出すピリジンやピロールといった成分が多く、生臭い匂いがするヘキサナールのような成分が少ないということがわかりました。見かけや口触りであれば、魚焼き網などでも火加減次第で炭焼きと同じようにできるんです。しかし、匂いが違うという結論になりました。
炭焼きに近いものをつくりたいというときには、輻射で伝わる熱を多くしたり、遠赤外線が出るような熱源で焼けるよう、グリルを工夫するといいと思います。
5-1:蒸し料理について「栄養成分が逃げない加熱方法」
最後にスチーム、蒸し料理の話をさせていただきます。
まず、水は加熱すると蒸気になります。その蒸気が食品にあたると、また水に戻るんですね。水がエネルギーを蓄えて蒸気になっているので、蒸気が水に戻るときにそのエネルギーを食品の表面で放出するわけです。そのときのエネルギーは大きいですから、同じ100℃でも、100℃のお湯と100℃の蒸気ではやけどの仕方が違います。
食品が100℃以下の場合には、蒸気が食材に当たって茹でたときと同じくらいの速度で加熱されます。茹でるときは水の中に食品を入れるので、水溶性の栄養成分や旨み成分などは水の中に出ていきますが、蒸す場合は茹でたときほど出ていきません。蒸すと、最初に少し食材に水がつくので栄養成分などが少し出ることはありますが、食材の温度が上がると水つかなくなってくるので、栄養分はそんなに逃げていきません。味もいいし栄養的にもいいし、加熱速度は比較的速いし、ということで蒸し加熱が大変流行っているということです。
5-2:蒸し料理について「過熱水蒸気とは」
蒸気を使う方法がさらに改良されて、「過熱水蒸気」を使う調理法がたくさん出ています。この“過熱”という字は、“加える”ではなくて“過ぎる”の“過”です。蒸気は、水が100℃になったときに発生するものなので、蒸し器の中の温度は蒸気をいっぱいに充満させた状態でだいたい100℃です。さらにその蒸気を加熱すると、100℃の蒸気が 120℃、130℃と温度があがっていきます。これが、「過熱水蒸気」です。
過熱水蒸気を使った加熱方法には、ガスを熱源とするものもあれば電気を熱源とするものもあります。電気を使ったものだと、庫内温度などがきちんと制御され、またたくさんの食材を入れることができるようなものが多いので、大変便利な調理器具として現在普及しています。家庭用のオーブンでも、過熱水蒸気を使うものが出ていますね。
5-3:蒸し料理について「過熱水蒸気でよりヘルシーに」
過熱水蒸気を使った調理方法だとヘルシーだといわれることがありますが、それを確かめるための実験も行いました。みなさんもご存知かと思いますが、脂の多い肉や魚を焼くと脂がいっぱい落ちますよね。これはタンパク質が凝固して収縮するため、そのときにどうしても脂が溶けた形になり落ちてしまうのです。
つまり、急激な加熱をすれば脂はある程度落ちるんです。ですので、高い温度で加熱ができる過熱水蒸気を利用して調理すると、ヘルシーだということがいえるのだと考えます。